(一社)倫理研究所 家庭倫理の会熊本中央
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家庭倫理の会とは? おはよう倫理塾
子育てセミナー こども倫理塾

玉手箱  

田中律子参事が毎月宇留毛たよりに書いてくださっていた”じっせんしましょう”より抜粋して載せさせていただきます。


 

特別に暑さの厳しかった夏が過ぎ、一年中で一番良い季節を迎えました。

文化の秋、体育の秋、食欲の秋と言われますが、皆さん方の体調はいかがですか?

 近頃どうも肩が凝ってとか、肩が重い、痛いと訴える人が増えています。

年末が近くなりますと、特にあれも片づけてこれもしておかなければと、一人

で仕事を背負いこんで焦る気持ちはありませんか?そうなると人のすることに

不足を思うことも多くなります。

私がしなければ何もできないと片意地張る心を捨て、「これがいいのだ」と

気楽に取り組むことです。

あまり深刻に物事を受け止め、自分でもできないのに人にまかせきらず、

片意地、強情を突っ張る心を出して人に厳しい人、そのために周りの人を困ら

せていないか、反省してみましょう。

 

そして優しく、もっと心をほぐして、柔らかくして、物事にとらわれ、何か

  あるとすぐ苦にする心を捨てて、気がついたことから一つずつ片づけていくこ

  とです。

仕事に追われないようにして、ストレスを溜めず気楽にやりましょう。




 

秋、一年中で一番暮らしやすい気候となりました。この十月は体育祭など健康に関する行事がたくさん行われます。

人間なんと言っても健康で暮らすことが何よりのしあわせです。生き生きと生きていくために一番大切なのが心と身体が調和しているかどうかということ。それはその人の息の仕方にあらわれます。

息という字は「自らの心」と書くように、息の深さや速さ、強さ、弱さを見るとその人の全てが分かると言われます。

息が短く荒いと手足の動きをはじめ行動が荒くなり、人の言葉も落ち着いて明るく

聞けなくなり、知らず知らずのうちに他人の心身を傷つけてしまうような言動をとるようになります。

 日頃よくしゃべる人は人の息の速度に比例して言葉も速く大きな声でしゃべりまくります。息の早く荒いときは、理性で感情をコントロールできなくなって、人から言われることが聞き入れられず、悪口としか受け取れなくなってきます。

 ため息がよく出るときは精神的に不安定で肩に力が入り過ぎているときと言われます。

 また、息が弱く短くしているときは慢性的な重病や回復不能なほどの病気があるときだそうですから気をつけて下さい。

 人に「穏やかで落ち着きがある」と言われる人は長く深い息をしています。

 自然体で腹式呼吸をすれば心身が調和して悩みや苦しみを解決する気力や体力が出てきます。

 私たちは今「おはよう倫理塾」で心の勉強をしています。その後、腹式呼吸や体操などをやり、心も身体も軽くして、楽しい一日を過ごせますようお祈りしています。



 

梅雨まっただなかです。我が国の気候は「鍛練的気候」といわれるほど変化の激しいものだけに、天候に対する心のあり方が体に大きく影響を及ぼしていきます。

世の中、思い通りにならぬものですが、気に入らねばやめたり、取り換えたりも出来ます。しかし、天候気候だけはどうにもなりません。天与のもので、人間の力ではどうにもならぬと知りながら、その天候気候を嫌がり、嫌い、心配し、不足に思うその気持ちが多くの病気を引き起こすもとになるのです。

あせも、水虫、霜やけ、ひび切れなどの皮膚病、また、雨天には頭が痛む、神経痛リュウマチが痛み、ぜんそくが起こる、原因不明の病気等色々困った状態が起きてきます。

「人天に順えば 天また人に和す」とありますように人が穏やかな心で天候に順応するとき、天候もまた人にやさしく和らいできます。人の心によって天候気候が変わるということは倫理の大事な行事の時などよく体験することです。

皆さん、今年の梅雨は明るい心と仲良く和やかな心で元気に乗り切って行きましょう。ご健康を祈ります。

 



春眠暁を覚えずと言われますが、「春は眠たくて」と訴える人が多く、電車やバスの中でも気持ちよさそうにコックリコックリやっている人をよく見かけます。冬の寒い時、おはよう倫理塾にせっせと通った方が、ボツボツ休み出すのもこの頃のようです。

睡眠時間は人によって非常に異なり、4〜5時間で足りる人もいるし、10時間眠ってもまだ足りない人もおります。必要な眠りは睡眠の時間だけでなく、眠る深さによっても違います。何より大事なことは快眠することです。快い目覚めが大切で、「ああよく眠った」と実感することです。いくら長く寝ても、目覚めが悪く、頭もぼんやり、パッと起きる元気が出ないのは、どこか体調の悪い所があるのです。快眠は自分の健康状態の良し悪しを自分で知るもっともよい目安です。

朝起きるのが苦痛で午前中は体がだるく、頭もボーとしているのは低血圧症の人に多く現れるが、高血圧の人にも現れます。

 

快眠できるためには

@   夕食を軽くし、夜食をとらず、テレビや本を見過ぎない事です。夜はぐずぐずせず、なるべく早く休みましょう。

A   夜休む前には議論をしたり、腹を立てたりせず、リラックスするよう心がけることです。

B   居眠りしたくなったら思い切って身体を動かすことです。喜んで働いていたら、眠気は吹き飛びます。

 



 

私ども倫理の会員は毎月一日におはよう倫理塾でその月の実践目標を決意し発表します。「即行をします」「ハイの実践をします」とか自分で決めて月末に反省をします。決心は九分の成就と言われますから、決意発表したということは実践の第一歩を踏み出したことなのです。

物事は決心の強いか弱いかによって成就したりしなかったりします。忘れずに実行するためには、本気で心に決めること。でも途中で忘れて実行できずに終わることもあります。一日一回思い出して反省することが必要です。(おはよう倫理塾は最適の場)

一番守れないのが自分との約束、決めたことですが、決心を軽く見て途中で投げ出

したり、止めたりすると生命力が衰えるのです。自分の生命と宇宙大生命とが約束

することが決心ですから、本気で決心しないと成就できないのです。

 朝起きが出来ない会員さんに丸山先生は「ただ、起きようと決心すればいいのです

よ」と教えられたのです。

 失敗しても理屈やいいわけはいりません。難しく考えず、心を決めてサッとすれば、サッとできるのですから。

 まず、目標を決め、本気で実践すること。そして、やりつづけていると成功するのです。♪♪♪明日があるさ・・・♪♪♪と心を切り替えて、目標に向けて、明るく取り組んでいきましょう。さて、今月あなたは何を決意なさいますか?







 
 蒸し暑い毎日のせいか、近頃は特に交通事故が大変増えております。皆さんも気をつけて下さい。

 そこで、交通事故に遭わずに快適に暮らすには

 @  決まりを守る生活をしましょう
はじめは注意深く守っていますが、馴れてくると、ついとか、うっかりとかこの位は、と通して しまいます。決め事は人が見ていても見ていなくてもいつでも守ることです。

A  精神的に乱れのないようにしましょう。
心配ごと、怒り、あせり、イライラ等心が動揺してくると隙が多くなり、心配り、気配りが出来なくなります。いい気になっている場合も油断が出て、思いがけない事故に遭ったりします。親子、夫婦、職場での争いをせず、私情雑念を捨てて、明るく気を張って暮らすことです。

B  肉体の疲労に気をつけましょう。
体調が悪いときは無理しないことです。自転車でも、歩く時でも、慎重に注意し、危ないことに心を配り、充分気をつけましょう。睡眠不足も居眠り運転のもとと心してください。


 
 

「歯」は食物を噛むところ、良い「歯」で良く噛むことが健康のもとです。

 はがゆがって、腹を立てて、ギリギリと噛むところではありません。また、つらいことをじっと「歯」を噛みしめて辛抱するためのものでもありません。「歯」の悪い人の多くは口の中に食物も入っていないのに、ギリギリと「歯」を噛むような悔しい思いを我慢していることが多いからです。

  虫歯とか歯痛とか「歯」の病気はよく磨くことや手入れも大切ですが、病気の一番のもとになる心の原因はそうした間違った歯の使い方にあります。

のんきで何事も気にかけない人、明るくて何の不足もない人はたいてい歯が良い。うじゃうじゃといつも不足が多くグチを並べている人は人より早く歯が傷みます。

不足がたまるのはちょうど「歯」にバイキンがたまるようなものです。いろいろ言っても根に持たず、じっとこらえることをしない人は案外「歯」は良いと思って間違いありません。

  「歯」の衛生は、不足を思わぬこと、思いを心にじっとためて我慢しているような生活をしないことです。大事にしてください。



  

 

倫理の創始者丸山敏雄先生は「倫理の真髄は実践にある、実践しないと分からないし、ただの雑念にしかならと申されていました。今月は特に倫理の実践としての喜びの働きに徹していきましょう。

  働きとは人の幸福の一切を生み出す源です。出来ない私どもだからこそ努力が必要です。

次のことを心において真剣に取り組みましょう。 

@    恩の自覚  生かされている、自分の力ではないお蔭という気持ち、人間と動物の違いは恩の自覚があるかないかです。恩の自覚が深まっただけ喜びの働きが出来ます。

A    感謝の実践  親の願いを知って純粋に取り組むとき、無限の能力が発揮されます。世界一といわれる人の生活の奥には深い感謝の生活があるのです。

B    目標の設定  自分の使命は何か、人に向かって決意を発表することによって、自分のうちに決意が固まります。しっかり目標を見定めてやりましょう。

働きの目標が決まり、軌道に乗った様を「仕事(職業)」といいますが、これを楽しむとき「天職」といいます。親が天職に打ち込んだだけ、子供はやる気を出して自分の目標に向かって取り組みます。

 今月の丸山先生のお歌

 「至らぬは 至らぬままに 只己が 誠を尽くせ せつなせつなに」

 

 

秋、一年中で一番暮らしやすい気候となりました。この十月は体育祭など健康に関する行事がたくさん行われます。

人間なんと言っても健康で暮らすことが何よりのしあわせです。生き生きと生きていくために一番大切なのが心と身体が調和しているかどうかということ。それはその人の息の仕方にあらわれます。

息という字は「自らの心」と書くように、息の深さや速さ、強さ、弱さを見るとその人の全てが分かると言われます。

息が短く荒いと手足の動きをはじめ行動が荒くなり、人の言葉も落ち着いて明るく

聞けなくなり、知らず知らずのうちに他人の心身を傷つけてしまうような言動をとるようになります。

 日頃よくしゃべる人は人の息の速度に比例して言葉も速く大きな声でしゃべりまくります。息の早く荒いときは、理性で感情をコントロールできなくなって、人から言われることが聞き入れられず、悪口としか受け取れなくなってきます。

 ため息がよく出るときは精神的に不安定で肩に力が入り過ぎているときと言われます。

 また、息が弱く短くしているときは慢性的な重病や回復不能なほどの病気があるときだそうですから気をつけて下さい。

 人に「穏やかで落ち着きがある」と言われる人は長く深い息をしています。

 自然体で腹式呼吸をすれば心身が調和して悩みや苦しみを解決する気力や体力が出てきます。

 


 

9月は敬老の日が来ます。人生50年ということは今では完全に過去のものとなってしまいました。昔は70歳まで生きられるのが難しかったので70歳は古希と言われ祝ったのですが、今ではまだまだという年です。それだけに長寿者の生き方が大事になってきました。せっかく長寿を得ながら嫌がられ、厄介者扱いされないよう、心の豊かさと向上に心がけ、大切にされ喜ばれるよう自ら努力して参りましょう。

それには老いると出やすくなるくせに気を付けること。

@年とともに頑固になる

A気が短くなる(短気は卒中の原因になります。気を付けてゆとりをもつように  しましょう)

Bひがみっぽくなる

C恩着せがましくなる

好かれる長寿者

@堂堂と明るく感謝の気持ちで喜んで働く

A無理のない程度に、年を気にしないで喜んで働く

B年とともにアクが抜けてスナオになる

 

若い時は人のために喜んで働き、年をとったら周りに迷惑をかけないように心がける事です。長生き出来ていることに感謝して、与えられた寿命を最大限にのばして、身体的には衰えはあっても、精神的には年齢なりの心の豊かさを持ち、70になっても、80になっても今の自分が一番好きだと言えるようになりましょう。

若い人たちは先輩の素晴らしい生き方を学びつつ、長老を敬って仲良くやって

いきましょう。


 
 

年が明けると 受験生を持った親御さんたちは落ち着けなくなっている方がたくさんいます。
「心配するな」というと余計心配になるものです。
心配する癖をとるには次の三点を実践することです。

1、自分に降りかかってくる一切の環境をこれがよいと受け入れて、心を明るい方向に向けること。  
  私たちは大自然の大きい力で生かされています。私たちは今日与えられたこと、やるべきこと、全力を注いでいればよいの
  です。  
  結果はわかりません。結果は天の領分です。  
  だから良いことも、悪いことも、すべて天に任せて、心を明るい方向に向けるよう努力することです。

2、気がついたらすぐやること(即行)
  「下手な考え休むににたり」気づいたことをすぐにやらないから、心がすっきりしないのです。
  思ったことをあっさり口に出す。すっきりして心配癖はなくなります。

3、喜んで働くこと
  心配性の人は怠け者と言われます。全力を注ぐことをしないから心配が先に立つのです。
  しかし、反面心配性の人は良く気が付くという美点が潜んでいます。
  だから、心配性をとろうとする努力を、今度は人に喜びを与える方向に向ければよいのです。
  心配する暇のないほど働きましょう。

 


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私たち人間の生活にとって、言葉ほど大切なものはありません。言葉は単に意思を伝えるだけでなく、人と人とが仲よくよりよく暮していくために欠かせないものです。言葉の使い方一つで他人に勇気を与えたり、環境を明るく打ち開いたりします。又、反対に人の心を傷つけ、駄目にし、環境を閉ざしてしまうこともあります。

 

 人の幸不幸決める言葉の使い方、それはどれだけ人に喜ばれる言葉(まごころの言葉、慈愛の言葉、感謝の言葉)を使ったかによります。有難う、おかげさまで、ごめんなさいが自然に言えるように心しましょう。

 

 反対に、心配なことや悲しいこと、グチばかり言っていると、その通りになります。子どもに対しても「そこが行けない、あそこが駄目だ」ではなくて、良い所を見て認め、ほめていくようにしましょう。

“幸せはあなたの日頃使っている言葉の中から生まれてきます”

  

 


 

秋は空気も澄みきって、食欲も増し、健康でもの皆美しく見える時です。

私たちも心の底から明るく美しい生き方ができるよう実践に励みましょう。

全てのもの、個々のもの、全てがそのままで良い、美しいと受けて、己の心境で相手の心をひっくり返す程、心を明るい方向に向けて取り組む努力をしましょう。

世の中には、「これが悪いので、困った事だ」と受けて努力する人が多いようです。心が暗いからすべてが外れていくのです。「今は都合が悪いけど、将来のためにはこれがよいのだ」と心を向けること。自分の心に言って聞かせること。そして明るい方へ明るい方へと心を切り替えていきましょう。

起きてくることは全て天の配剤なのです。天意である限り喜ぶより外に道はないのです。明るい方向へ心を向けて、気がつくままに打つ手を打って努力しているとどんなことでも好転していくのです。

 

秋晴れの澄み切った空のような晴れ晴れとした心で元気に取り組んでまいりましょう。

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誰もが願っている明るい幸せな家庭を築くためにはまず「夫婦」「親子」「嫁姑」

のそれぞれの出会いという縁を大切にすることです。出会いの当初は楽しかった日々

も、日を追うごとに慣れてお互いが自分の「ワガママ」を押し通そうとするようになり、我が思うようにならないと相手を憎み嫌う、それが争いの原因となり不幸となるのです。

 

ワガママな人の心と生活とは
@人と調和しない心
 自分の思い通りにならぬと気がすまぬ、怒る、恐れ、心配する、そのため人 

と仲良く出来ない。

   A不自然な生活
  目が覚めても起きない。気がついてもしない。怠ける。

Bわがままな人は心配性です
  後悔するくせ、とり越し苦労のくせ、見栄をはり外見を気にする小心者(何事も人

   に任せられない)  

  家庭を明るくするためには自分の心の曇りワガママをとることですが、それには親

の愛に触れることです。親の慈愛を感じとれる時、人はスナオになり、まことの人

 間に立ち返ることができます。

 

 

 私たち倫理を学ぶものは丸山先生のご意志をついで「倫理を実践することにおいては日本一」と言われるように真剣に取り組みましょう。人間、何時、どんなことが起きてくるか、明日のことは分かりません。倫理を勉強していても色々なことはあります。でも、その時、そのことの受け取り方が勉強してのとしないのでは違います。

 私たちは何かと言うと腹を立てたり、悲しんだり、苦しんだり、責めたりします。それは受け取り方が下手なためです。

 越中の道宗と言うお坊さんをある人が「試してやる」と言って、草取りをしていた彼を後ろから蹴とばしました。よろめいたが「南無阿弥陀仏」と唱えながら働き続けている。又蹴って転んだが、起き上がって働き続けられた。「何故怒らぬか」というと、「私は人から蹴られるような罪を持っていたのでしょう。蹴ってもらうとそれだけ前世の悪業がそれだけ償ってもらえるから有難い」といったそうです。 

 丸山先生の詩に「笑って受ける美しさ」とあります。

「人から悪口されありもしない事をあしざまに攻撃された、腹が立つ、自分にとらわれていると腹が立つ、しかし悪口されたからとて、自分にとって何一つ失うところはない、ほめられて一物も加えず、けなされて一物も失わぬ、まして、そしる人の醜さに引きかえて、そしられても笑って受ける美しさ、大事なことは己の心である、点に口なし、悪口によって人に言わしむ、いろんなことで、後で知らしめる。」

 いかがですか?「則天去私」とは夏目漱石の言葉ですが、天の意思即ちたい大道に従って小さな自我を捨てるという心境に達して、文豪として名を残すような立派な働きが出来たのです。私たちも倫理を学ばせて頂いていることに心から感謝して、起きてくることを「これがよい」と明るく受け取る名人になり、倫理人らしく生きましょう。


 

 

7月、8月はお盆の月です。

昔、親孝行の人が餓鬼道に苦しんでいるお母さんの姿を見せてもらって、一年に一度わが家にお迎えし、お供物をして供養する事に始まったと言われます。

又、お盆というのは、物をのせるお盆の事でもあります。自分の一生を振り返って、汚い心、間違った心を反省して取り出してお盆の中に捨て、それを川に持っていって流すという意味もあると言われます。

お盆にはお墓参りをしますが、お墓に対する私たちの心構えが実は気のつかないところで私たちの実生活に大きな影響を与えていること、生活の基礎を支えている事を知っていますか?

お墓参りをちゃんとやっている人の仕事や家庭生活は比較的にうまくいっているのに反して、お墓をほったらかしにし、お参りもめったにしない人々は、不幸になっている人が多いそうです。

お墓を粗末にしている家庭は人から自分達も粗末にされ、仕事もうまくいかない。お墓を大切にするということは親先祖を大切にすることと同じで、自分を大切にすることになります。自分の命に油をさすことで、活気あふれた生活が出来るようになるのです。

ノイローゼになった青年が働くことの大切さを教えられ、生命保険の外交を始めた。最初は良かったのですが、そのうち行き詰った時、墓参りの大切さを聞き、心からお墓参りを実行しました。だんだん生きている意義を感じ、仕事に信念が持てて、成績も上がってきました。犯罪を犯す人にお墓を粗末にしている人が多いそうです。

ただお墓を拝めば全てがよくなるとご利益的に考えるのは本末転倒です。墓前で頭を下げると人の心が澄んできます。その澄んだ心が物事が上手くいく本になるのです。心をこめてお盆のお墓参りをいたしましょう。ご先祖に喜ばれ、子孫に良い家の流れを伝えるために。

 

梅雨に入ります。分っていてもなんとなくうっとうしくて、心も身体も重く感じ、ストレスも溜まってきます。ストレスによって、若い人たちは心の病気が多くなり、年配者は身体面の病となって現われてきます。

 

今日、生活する上で、職場の人間関係、職場外の人間関係、家庭における人間関係などの複雑な人間関係に対応しなければならない現代人は、ストレスが充満していると言えます。でも、受け取る側によって、プラスにもマイナスにもなるのです。

心の面…うつ型神経症(寝つきが悪い、眠りが浅い、食欲減退)

肉体面…心臓神経症(高血圧、下痢、便秘、狭心症、ヒステリー、貧乏

    ゆすり)

 

ストレスから逃げようとすると、大きな反応になります。大きなストレスも立ち向かうと小さくなるのです。自ら立ち向かう心を養い、心と身体のムリ、ムラ、ムダのない生活をしましょう。

 自分なりの解消の仕方(井戸端会議、おしゃべり、カラオケ)何でもいいからリラックスの方法を見つけることです。上手に対処して、健康に過ごしましょう。

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五月といえば母の日、まだ元気でいて下さる「お母さん」には赤いカーネーションの花を、亡くなられている「お母さん」には白いカーネーションの花を、感謝の心をこめて捧げましょう。お母さんのいない人はありませんね。何時も忘れてはならないのですが、特に母の日には、生まれた時からこの年までどれだけの愛情をかけ、手をかけていただいてきたか、思い出してみましょう。

私の好きなお母さんの詩

一度だって

   お母さんに数え切れないほど

   だっこされた    …… だが一度だって

   おんぶされた    …… だが一度だって

   おむつをされた   …… だが一度だって

   たべさせてもらった …… だが一度だって

   手をひかれた    …… だが一度だって

   お礼を言わなかった

   気がついたときはもういなかった

知る

   このおにぎり 誰がつくったか

   目をつむっていてもすぐ分かる

   大きさや形 かたさ 梅干しの分量 塩かげん

   何もかも私の好きなように握ってある

   お母さんでなければ知るもんか

 お母さんを思い出し、不孝を詫びたり、感謝を深めると同時に、自分が母親として子供から慕われ、慈愛に満ちているか、正しい信念を持った正しい 

親としての在り方が出来ているか、反省してみましょう。


春は百花繚乱として美しく、陽気で、楽しい筈なのに、この季節になると、鼻の具合の悪い人、鼻づまり、蓄膿症、アレルギー性鼻炎と鼻の病気で困る人がたくさんいます。

鼻は顔の中央にあって、最も高く、あたりを見下して、大事な呼吸と嗅覚をつかさどる重要な五官の一つです・そこに障害がおこると云うことは、その人の生活態度に不自然なものがあることを教えられているのです。 

それは人のすることを見ているとバカバカしくなり、どうしてあんなつまらない考え方をするのだろうと思い、人に任せる事が出来ず、何かにつけて自分が乗り出してやってしまわなければ気が済まないという風に…。

鼻の病気は、親に馬鹿にして反抗する心を持ったり、夫に常に意見がましい気持ちを持って不足の生活をしたり、人を批判してバカにする高慢な偉そうな心を捨てなさいということで、感恩感謝の念を深め、謙虚な心を忘れないで暮らすことを教えられています。

特に女性が鼻を高くするとかかあ(嬶)となり、かかあ(嬶)天下になると家庭が乱れるもとになります。

 


3月3日は耳の日とされています。昭和31年、人々に「耳に対する文化生活をより豊かに」という趣旨で設けられました。

 耳は聞くものです。まともに、ありのままに、淡々として、私情私意、我情我欲をおしはさまずに、ただ そのままに聞く、これが本当の耳の働きです。丸山先生は「誠一つに聞かしておけ。聞く時に、これは忘れてはならぬとか、これは一日も早く忘れたいとか、そんな余計なことを考えながら聞く人の耳は耳の穴がゆがんでいる。忘れることは忘れたがよい。覚えていることは覚えていたらよい。記憶が悪いのは、心がねじけている証拠。たとえうそでも真(まこと)として喜んで聞きなさい。だまされてもいいじゃないか。」と言われました。

聞こえぬことを無理に聞こうとして聞き耳を立てたり、立ち聞きしたり、聞こえても聞こえぬふりをしたり。耳を通してわが心を偽ることは、みな耳の機能をにぶらし、耳の聞こえを悪くすることになります。人の言うことは素直な

心でそのまま明るく聞きましょう。

 


 

 

 風邪がはやっています。皆さん元気ですか?風邪のビールスもだんだん変ってきて、薬に抵抗力のある力の強いものが流行ってくるようになりました。今年は特に変わったものらしいようですよ。学校、学級閉鎖などあっていますから、気をつけましょう。

寒いと風邪をひくと思われていますが、寒さと風邪は関係ありません。南極には風邪はないと聞いています。

寒さに対して―寒さを嫌がる心が とすぐ風邪をひくと思う心が風邪をひくのです。普通の風邪(鼻水、咳)、インフルエンザ(熱、身体の節々が痛む下痢)があります。

風邪をひく場合

@  生活に張り合いがない場合、体が縮んで、怠け心、動きたくない心がでたとき、

A  非常に忙しくて不満を持った時

B  気が緩んだとき(やれやれと思ったとき)

 風邪をひきやすい性質

@  怠け癖を持っていて、気がついてもすぐしない。消極的でいいつけられないと仕事もしない、すぐ一服する。

A  周囲のムードに意固地な癖。暑ければ暑いのを嫌がり、雪や雨が降ると家の中に閉じこもって文句を言う。自分一人でクヨクヨと先々のことを心配する癖、ストレスがたまり易く、何か大きなことに当たるとすぐ風邪をひく。

 心の動きが肉体に一番現れやすいのが風邪です。ぐずぐずする人は長引く、激しい人は熱が高く出ます。風邪をひいたら先ず、「私は何かいやがていることはないか」

  と反省することです。

 

 

 新年明けましておめでとうございます。

倫理研究所では「朝起きは再建の第一歩」との標語を掲げています。倫理の実践は先ず「朝起き」から始まります。「早起き」は時間的に早く起きるということですが、「朝起き」は起きるときの心に問題があります。目が覚めたら喜んで歯切れよくさっと起きること、自然のリズムに乗って、夜明けとともに起きる事です。 

現代は夜更かしが普通で、早起きする人は変わり者くらいにしか思われていませんが、人より幸せに明るく生きてゆきたいなら、先ずスナオに、目が覚めたらパッと起きることから始めましょう。朝起きることで心の中が明るくなりますから、細胞が活発に働き、病気も、災難も、家庭問題もいつの間にか片付いて、楽しい健康な生活をすることができるのです。

 どうすれば起きられるのか?二宮尊徳先生は「今日は二度と来ない。やり直しが出来ぬから朝寝などしておられない」と言われて、自分も朝早く起きて仕事に学問に励み、村の家々を見廻って早起きを勧められたと聞きます。どうせ一度は起きねばならぬのです。起きようと心に決めたなら、目覚ましがなくても風の音とか猫の鳴き声とか夢で起こされるとか、自然が起こしてくれるのです。

 若い時は間髪をいれず、パッと起きること。朝は一日のスタートだから遅れると後がきつい。年を取ってきたら今日も目が覚めて長生きさせていただいたと喜び、楽しい平和な一日になることを祈って体はゆっくり起こしましょう。

 早起きが上手な人は親祖先の徳のお陰と感謝して、その徳に自分の努力を上乗せして「子孫に残してあげましょう」と思って朝起きを続けるといいのです。苦手な人は苦手に挑戦して努力し、徳によって子供が私のように苦しまないで起きられるようにしてあげるのが親心というものです。仕事から追われる生活で一生あくせくして過ごすか、楽しく仕事を追う生活をして人生の勝利者になるか?それは皆さんの朝起きの心境によって決まります。

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私どもは当たり前と思って暮らしている中に、どれほどたくさんの恩恵を多くの人や物から受けているか、気がつかないまま過ごしていることがありますが、恩恵を受けるばかりの生活を続けるなら、それは借金の人生といえるでしょう。多くの恩恵に気付き、感謝と詫びの気持ちで、周囲に少しでもお返ししようと進んで徳を積む生活を心がけた時、人間らしい生き方といえましょう。

恩という字は因と心から成り立っています。自分を自分たらしめる原因を知る心が恩なのです。自分が今ここに存在しているのは親とか先輩という目上から受ける恩がたくさんあるからなのですが、目下から支えられる恩もあるのです。子供がいるお陰で親になれて、親としての喜びも味わうことができ、部下のおかげで上司になれ、生徒のおかげで先生にもなれたのです。目上の人達、目下の人達のお陰で現在の自分があるのに、大きな顔をして威張ったり、不足を言ったり、責めたりするのはおかしいですね。

お金や物ですまされないのが恩です。私どもは一生かかっても返せないほどのたくさんの恩恵を受けながら生きているのです。先祖さまのお陰で私があり、子孫がいるおかげで安心して死ねるのです。

私どもは今、本(恩)を忘れる人にはなりたくない。「恩は石に刻め、恨みは水に書け」という言葉がありますように、たくさんの人から教えていただいたお陰で今日の幸せがあることを心に刻み、少しでもお返しができますようにとおはよう倫理塾に通い、頒布をさせていただいております。皆さん、ご一緒にやりましょう。

 

 
      

持ち越し苦労と取り越し苦労という言葉をご存知でしょうか?

持ち越し苦労とは、過ぎ去ったことを何時までも持ち越し抱え込んで、くよくよ悩み続けること。取り越し苦労とは、未だ来もしない先のことを暗く考えて、こうなったらどうしようかとか、こうなるのではと、わからぬ先々のことを思い煩って悩むことと教えられました。

私は若い時、こういう苦労を自分で作って悩み多い生活をしていたことを反省しています。炊事をしながら、掃除をしながら、済んでどうにもならぬことで人を責めたり、自分を責めたりして…。

また、わからぬ先のことにとらわれて、くよくよはらはらの毎日でしたから、炊事をしながら包丁でよく指を切ったり、味も甘すぎたりからすぎたり、お鍋をよく焦がしたりしたものです。

その頃は子供も落ち着きがなく、よくかぜをひいたり、おなかを壊して熱を出したり、自分もよく食べるのに痩せて胃を悪くしていたものです。

常居基全(じょうきょきぜん)という言葉を学びました。常に今いるところに全力を尽くして生きること。人間は今しか生きられないのですから、精一杯努力して取り組んだ後は自然に任せること。

過ぎたことで暗いことが多かったら、後悔し悩むより、これから先をその分余計に明るく楽しく描いて、意義のある人生を送りましょう。

 

 


夫が出張から帰ってきたとき、、お土産にようかんを買ってきてくれました。そのとき「アーラ、ようかんより、シュークリームの方がよかったのに」とつい口に出して言ってしまいました。

しばらくして夫がシュークリームを買ってきてくれました。「アーラ、だけど今日はまんじゅうが食べたかったのに・・・」

夫はそれ以来、お土産を買ってきてくれなくなりました。

人は何も買ってきてくれない時には買ってきて欲しいと思い、買ってきてくれると、もっとこういうものがよかったのに・・・と思う。そういうわがままをしていませんか?

何か赤信号だと、ひとつ心にならないと大変だと思って、緊張するのですが、何も無くて幸せな毎日だと、心が緩み、実践もおろそかになりがちです。自分でも気がつかないような小さいと思われる心の隙間、これが不幸につながるのです。

現代は、先輩や周りの人が、昔のように後輩に対しても厳しく忠告しないから、本人のためと思っても、遠慮して忠告しなくなったから、気づかないことがたくさんあります。忠告されないからよいというものではないはずで、集合時間に遅れるとか、わがまましてミスしたとき叱られる生活であったら、人間は自分のわがままに気づかせてもらって、大きな失敗や、失望の生活に落ち込まずにすむでしょう。

人はいいことが続いてよかった、幸せだと思っているときほど、気をつけないといけないのです。私どもは、日常の小さいわがままに気をつけて、明るく生きるように心がけましょう。


「お父さんありがとう、また明日あえるといいね」と手を振る。

テレビを見ている顔をこちらに向けて主人が

「お母さんありがとう、又明日会えるといいね」と手を振ってくれる。

一日を共に生かされた幸せが胸いっぱいにあふれてくる。

そして朝は

「お父さんおはよう、また会えましたね」

「お母さんおはよう、またあえてよかったね」と恋人のような暮らしをしています。

考えてみるとこの46年、一度だってこんな挨拶を交わしたことがあったでしょうか。

みんな癌をいただいて気づかされたことばかりです。

 

47歳で癌で亡くなった鈴木さんという方の「おやすみ」という詩です。

癌でなくても、みんな誰でも死ぬ命を生きているのです。家の中でも、挨拶の一言にも、心を込めましょう。明日も必ず生きているという補償は誰にもありませんから。

元気な働き盛りのうちに、今日一日をもっと喜びを持って、仲良く暮しましょう。

今日一日をこれも美しいなあ、楽しいなあ、ありがたいなあと、感動しながら暮しましょう。

今日一日、何か人のためになる働きを、人の喜ぶことを、進んでやりましょう。

人は今しか生きられないのですから。

 

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太陽のことを「火の神」と称して、昔から人類のすべてが、生命の根源として敬い尊んできま
した。朝日、夕日に手を合せて拝むのもその表れです。日は火に通じ、火も太陽と同じように
大切に扱われてきました。火に対する心がけが、人間の幸不幸と大きなつながりがあるのです。

@  心から大切に扱うことです。
そうすれば家は栄え、商売も発展するのです。粗末に扱うと火災をはじめ災厄に遭うこと
が多くなります。特に一家の台所を預かる主婦は、朝夕火を使って、食事やその他の面で
火の恩恵を直接受けているので、感謝の心を忘れないことです。

A  平素の心掛けが大事です。
原因不明の火災なども、平素から火を粗末にしている家庭が多いし、仏壇のローソクが倒れ
て家を焼いたとか、雷が落ちて火災を起こしたとかいうような時の場合でも、平素の心掛け
が影響するのです。仲の悪い家庭や会社にも、物欲が強くて自分の利益や幸福ばかり望んで
いるとか、激しい気性や他人を排撃するような性質だと、両手を擦り合わせると摩擦で熱が
出るように、生活上の醜い心の摩擦が、物質面に現れて火災となります。

 平素から正しい倫理を守って明るく仲良く暮らしていると、たとえ近くに火災があっても、風向きが変わって類焼を免れたという体験がたくさんあります。私どもは平 素から正しい倫理の教えを実践し、身につけて人間性の向上に努めましょう。

 

 

私どもが生きて行く上で大切なものの一つに水があります。水がなくては生きていけません。「一生の背負い水」という言葉もありますように、その人が一生に使う水の量は決まっていて、粗末にし、無駄に早く使ってしまうと早死にすると言われます。

 福井県の永平寺には半勺橋という橋があって、有名な禅師が川の水で顔を洗う時、半分の水は川に戻したというお話です。私どもも顔を洗った水はただ捨てないで、樹木に書けるとか、庭の打ち水に使うとかして、大切に生かして使いましょう。
 水を拝んで顔を洗うと若く美人になると言われますし、水を拝んで大切に使っていたら水漏れが無くなったとか、水道代が安くて済んだとかいう体験も出ています。特に水を使って商売をなさる方は、水に感謝し大切に使うことによって、商売も繁盛するのです。
 水はすべてを清めるという働きもしますので、儀式など、洗礼や水をかぶって体を清めるとか、願いを込めて水ごりをするという風習もあります。

 水は定まった形はなく、器に従うという陰の働きをします。水漏れによって、夫婦の間が水が漏れるような隙間ができていますよとか、経済的にも水が漏れるように無駄な生活をしていますよとか教えてくれるのです。
 今、人は水の恩を忘れ、無駄に使い、平気で水を汚すようなことをやっていますが、河川も海も汚れてしまっては、生物、魚や貝類、その他の生き物も絶えてしまいます。夏になるとますます水が必要となります。水の大切さを再認識し、私どもが使うときの心掛けによって人類だけでなく、すべての生物の幸不幸につながってくることを知

って、大切に生かす実践をしてまいりましょう。


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五月の第二日曜は母の日です。

毎年のことながら元気でいてくださるお母さん、亡くなられたお母さんに改めて、幼い時から受けてきた愛情を思い出して、感謝の心を深めましょう。

そして美点を思い出して、母親としての生き方を学んでいきましょう。世の中にお母さんのいない人はおりませんが、なんといっても私にとっては「私のお母さんが一番いいお母さん」ですね。

現在はあなたもお母さんと呼ばれていますが、どれだけ子供に喜ばれ、慕われているでしょう。その人の人生観は母によって決まるといわれます。

お母さんはつよくあれ。お母さんはグチグチ、メソメソしない。まっすぐにのばす強さを持つ。ただ強すぎてはだめ。正しい事には強く、正しくなれないものには優しく、夫を心から愛する愛情の強い母でないと子供はすくすく育たない。正しい理解ができないと、正しい強さは発揮できない。

明るい、暖かい、潤いのある、細かいところに心配りのできるお母さん。人の言う事より子供の言う事を信じ切り、料理を楽しそうに作っているお母さん。

そこに明るい幸せな家庭が出来ていきます。

有難うお母さん。

 

私たちが生活していくうえで大切なことは「基本」をしっかり身につけておくことです。基本の大切さは しつけ から 習い事 学習 とすべての分野にわたって必要で、「基本」がしっかりしていないため、中途で挫折してしまうことになります。

Aさんは詩吟に興味を持って物まねであったが吟じていました。知人の紹介で本格的に先生について勉強しだしましたが、なかなか先生から褒めてもらうまでになりません。それはAさんが我流で勉強してきたため、それをとるのに大変苦労したのです。

 

上達にはまず

1、    我流を捨てて初心にかえって取り組むことです
車の運転でも書道、短歌でも「初めてやります」という人の方が教えやすいし、上達も早いのです。それは過去の経験や知識にとらわれず、先生の言われる事を スナオ に聞いて学ばれるからです。

2、    師を尊敬して真似ることが大切です。
良いところを見つけて真似ているうち、相手の良いところが吸収できて自分の能力向上につながります。

3、    一貫してやり続ける事
早起きも実践報告も同じことを繰り返して続けるうちに、良い生活習慣を身につける基本が出来上がります。おはよう倫理塾も理屈を言わず、毎日繰り返し、喜んで通いつづけましょう。幸せになる心の姿勢が身に付きます。

 

 

私ども倫理の会員は毎月一日におはよう倫理塾でその月の実践目標を決意し発表します。「即行をします」「ハイの実践をします」とか自分で決めて月末に反省をします。決心は九分の成就と言われますから、決意発表したということは実践の第一歩を踏み出したことなのです。

物事は決心の強いか弱いかによって成就したりしなかったりします。忘れずに実行するためには、本気で心に決めること。でも途中で忘れて実行できずに終わることもあります。一日一回思い出して反省することが必要です。(おはよう倫理塾は最適の場)

一番守れないのが自分との約束、決めたことですが、決心を軽く見て途中で投げ出したり、止めたりすると生命力が衰えるのです。自分の生命と宇宙大生命とが約束することが決心ですから、本気で決心しないと成就できないのです。

 朝起きが出来ない会員さんに丸山先生は「ただ、起きようと決心すればいいのですよ」と教えられたのです。

 失敗しても理屈やいいわけはいりません。難しく考えず、心を決めてサッとすれば、サッとできるのですから。

 まず、目標を決め、本気で実践すること。そして、やりつづけていると成功するのです。♪♪♪明日があるさ・・・♪♪♪と心を切り替えて、目標に向けて、明るく取り組んでいきましょう。さて、今月あなたは何を決意なさいますか?


 

倫理を学んでおりますと「物には順序がある」とか「けじめが大事」と教わります。
物には全て順序があって、例えばお風呂に入るのには足から入りますね。頭から入る人はいませんね。洋服を着るにもシャツを着てから上着を着る。人間の体を見ると、頭が上で足が下になっていて、足で歩く。上から順序をつけていくと、目、耳、鼻、口、の順で下にいくのだから使い方もその順序で、まず見たり聞いたりすることが先で、しゃべるのはその次だと言うのですが如何ですか?

人の話も、まず聞いてから返事をするし、意見を言うのが順序です。しかし私どもの日常生活を見ると、例えば夫婦の間でも、自分がこうしたい、これがいいと思うことがあると、自分の案に固執して、ご主人に尋ねたり、お願いすることはありませんか?自分では先走らずに、先ず主人の言う事を聞いて、また相手の意見を聞いてからやっているつもりが、はじめから自分の方で決定案を出していて、これがいいとおし通そうとして、相手がちっとも聞いてくれないと嘆いたり、暗くなって責めるようなことはありませんか?

親がいて子供がいます。親が先ですから子供は親の意見を聞くのが先です。

物事は笑って暮すも、鳴いて暮すも自分の心一つです。まず笑って受け止めて、自分の心の癖を取り除くのです。先に皆が喜ぶように仕事を進めることで自分も救われるのです。

私どもは物事の順序を違えず、決まりを守って、正しい筋道にのった生活をして、みんな幸せになりましょう。



 

新年明けましておめでとうございます。

倫理研究所では「朝起きは再建の第一歩」との標語を掲げています。倫理の実践は先ず「朝起き」から始まります。「早起き」は時間的に早く起きるということですが、「朝起き」は起きるときの心に問題があります。目が覚めたら喜んで歯切れよくさっと起きること、自然のリズムに乗って、夜明けとともに起きる事です。 

現代は夜更かしが普通で、早起きする人は変わり者くらいにしか思われていませんが、人より幸せに明るく生きてゆきたいなら、先ずスナオに、目が覚めたらパッと起きることから始めましょう。朝起きることで心の中が明るくなりますから、細胞が活発に働き、病気も、災難も、家庭問題もいつの間にか片付いて、楽しい健康な生活をすることができるのです。

 どうすれば起きられるのか?二宮尊徳先生は「今日は二度と来ない。やり直しが出来ぬから朝寝などしておられない」と言われて、自分も朝早く起きて仕事に学問に励み、村の家々を見廻って早起きを勧められたと聞きます。どうせ一度は起きねばならぬのです。起きようと心に決めたなら、目覚ましがなくても風の音とか猫の鳴き声とか夢で起こされるとか、自然が起こしてくれるのです。

 若い時は間髪をいれず、パッと起きること。朝は一日のスタートだから遅れると後がきつい。年を取ってきたら今日も目が覚めて長生きさせていただいたと喜び、楽しい平和な一日になることを祈って体はゆっくり起こしましょう。

 早起きが上手な人は親祖先の徳のお陰と感謝して、その徳に自分の努力を上乗せして「子孫に残してあげましょう」と思って朝起きを続けるといいのです。苦手な人は苦手に挑戦して努力し、徳によって子供が私のように苦しまないで起きられるようにしてあげるのが親心というものです。仕事から追われる生活で一生あくせくして過ごすか、楽しく仕事を追う生活をして人生の勝利者になるか?それは皆さんの朝起きの心境によって決まります。

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私どもは当たり前と思って暮らしている中に、どれほどたくさんの恩恵を多くの人や物から受けているか、気がつかないまま過ごしていることがありますが、恩恵を受けるばかりの生活を続けるなら、それは借金の人生といえるでしょう。多くの恩恵に気付き、感謝と詫びの気持ちで、周囲に少しでもお返ししようと進んで徳を積む生活を心がけた時、人間らしい生き方といえましょう。

恩という字は因と心から成り立っています。自分を自分たらしめる原因を知る心が恩なのです。自分が今ここに存在しているのは親とか先輩という目上から受ける恩がたくさんあるからなのですが、目下から支えられる恩もあるのです。子供がいるお陰で親になれて、親としての喜びも味わうことができ、部下のおかげで上司になれ、生徒のおかげで先生にもなれたのです。目上の人達、目下の人達のお陰で現在の自分があるのに、大きな顔をして威張ったり、不足を言ったり、責めたりするのはおかしいですね。

お金や物ですまされないのが恩です。私どもは一生かかっても返せないほどのたくさんの恩恵を受けながら生きているのです。先祖さまのお陰で私があり、子孫がいるおかげで安心して死ねるのです。

私どもは今、本(恩)を忘れる人にはなりたくない。「恩は石に刻め、恨みは水に書け」という言葉がありますように、たくさんの人から教えていただいたお陰で今日の幸せがあることを心に刻み、少しでもお返しができますようにとおはよう倫理塾に

通い、頒布をさせていただいております。皆さん、ご一緒にやりましょう。

   

持ち越し苦労と取り越し苦労という言葉をご存知でしょうか?

持ち越し苦労とは、過ぎ去ったことを何時までも持ち越し抱え込んで、くよくよ悩み続けること。取り越し苦労とは、未だ来もしない先のことを暗く考えて、こうなったらどうしようかとか、こうなるのではと、わからぬ先々のことを思い煩って悩むことと教えられました。

私は若い時、こういう苦労を自分で作って悩み多い生活をしていたことを反省しています。炊事をしながら、掃除をしながら、済んでどうにもならぬことで人を責めたり、自分を責めたりして…。

また、わからぬ先のことにとらわれて、くよくよはらはらの毎日でしたから、炊事をしながら包丁でよく指を切ったり、味も甘すぎたりからすぎたり、お鍋をよく焦がしたりしたものです。

その頃は子供も落ち着きがなく、よくかぜをひいたり、おなかを壊して熱を出したり、自分もよく食べるのに痩せて胃を悪くしていたものです。

常居基全(じょうきょきぜん)という言葉を学びました。常に今いるところに全力を尽くして生きること。人間は今しか生きられないのですから、精一杯努力して取り組んだ後は自然に任せること。

過ぎたことで暗いことが多かったら、後悔し悩むより、これから先をその分余計に明るく楽しく描いて、意義のある人生を送りましょう。

 

         

 

「倫理は闘争を否定します。誰とでも仲良く明るい家庭を作りましょうという勉強ですが、私どもは相手がいるとついつい責めてしまうことがたくさんあります。責める心は自分でもいやですし、責めた後は後悔が残ります。

 主人に対しても常日頃は「主人のおかげ」と感謝している。心から挨拶をし、お願いをして出かける。用を済ませて帰ってみると台所は油物のお皿も鍋も一緒くたに洗い桶の中に突っ込んである。あーあ。トイレに行くと長い、30分も入っている。私ならすぐ済むのに。だいたいおしゅうとさんが気の長い人でルーズだったからそんなところばかり似て…、と親まで一緒にして責める。口に出すと喧嘩になるから口の中でブツブツ言う。

 嫁姑の攻め合いが深刻になると、仲の良い夫婦が分かれる羽目になり、子どもを非行化させ、夫を病気にし、それは相手が悪いからだとますます責めまくる。運命も境遇も自らつくるといわれます。責めていても変わりません。良い環境をつくるため、次の実践をしましょう。

  1 起きてくることは嫌わず、これが良いと受ける。難しいことほど良い。

    2 相手の長所を見る。欠点の裏はみな長所である。

  3 相手に合わせる。合わせただけ会わせてくれる。

    4 相手に尽くす。尽くしただけ尽くされる。

    5 異質の吸収。人間の和ができる。

自己の立場からばかり見て、一方的な意見を言わないことです。責める心をなくそうとしても難しい。自分の心を和めて温かいいたわりと信じる心が持てるよう努力していきましょう。

    

 

「老人は家の守り神」と倫理カルタにありますが、家族や周りの人々から大切にされることは大事ですが、老人になっても、居るだけで周りをなごめ、喜ばれる人になっていきたいものです。

 老人とは、自分自身も、周りからも、年をとったなあと思った時を言いますから、皆さん方はまだまだですね。でも年をとるということは特別のことではありません。皆、誰でもいやでも年をもらって重ねていくものです。私だけは別というわけにはいきません。だから元気なうちから心していくことです。

 老人になるとまず、

 肉体が衰えます。目も耳も歯も手足も弱り、物忘れも多くなります。

 人間の円熟期ですが、自分の長い人生の経験を生かしていけるか、人の痛みが分かる人になれ るか、わがまま頑固になっていくかは心次第です。

 老の欲望(物や金に対し、生命に対して)執着心が強くなります。我を捨てて、ありがたく思う心が深まるよう一日一日を大事に生きたいものです。

自分が明るく、楽しく、元気で長生きしていくことは、子孫に希望を与えていくことになるのです。

 5060代は人生の最後に備えて充電していく時です。7080代は人生の最後の仕上げをする時です。今までの自分の人生を振り返っていい人生だと喜べるように仕上げていくための期間です。80代過ぎたら皆さんからもっと長生きしてくださいと大切にしてもらえるような、スナオな心、穏やかな、美しい、可愛い心をもった年寄りになりたいものです。

 

 

真夏の太陽がギラギラと照りつけ、うだるような暑さの今日この頃です。「言うまいと思えど今日の暑さかな」ですが、お変わりありませんか?
 暑さに負けず、健康に生き抜くために、まず自分がおきてくること、今日も生きていることに感謝して、明るく、希望をもって輝くことが大切です。
暑さから逃げようとしてもどこに行っても暑いのだし、嫌がるほど自分の身に苦難となって降りかかってきます。暑さも天の恵みと受け取れるといいのですが…。
暑い時は暑いなりの工夫をして凌ぎましょう。暗いほうを見、暗く考えると、今の世の中腹の立つこと、辛い厭なことばかりです。でもだからといって自分の力でどうにも出来なかったら、受けるよりほかはありません。 
丸山先生のお歌に

*ぜにという銭はなけれどあり余る森の空気と天津日の陽と

*我がものは一つだになきこれの世に物欲しと思い悩む人あわれ  とあります。

銭がなくとも生きていく上に必要な空気と太陽の光が一杯あります。銭も物も有り余るほど持っていても尚追い求めて身を滅ぼす人もいます。十億円持っている人が死ぬ時は高い断崖から突き落とされるほどの大きなショックを受けるそうです。十万円しか持たぬ人はコトッと転ぶほどのショックで死ねるそうです。どちらが幸せでしょうか?
真心を持っていれば何事もちょうどいいようになるものです。
 ものは考えよう、明るい方、いい方に心を向けて、夏の良さを味わい、夏でないと出来ないおしゃれをして、この夏を乗り切っていきましょう。

  

 

丸山敏雄先生の最後のお言葉に「これがよい喜べ」とあります。私共が生きていくまわりには「これがよい」と思えることより「これが悪い」と思えることのほうが多いようです。目に見えない人間の心は自分が思っている以上に大きな力を持っています。だからこの心をどう向けるかによって環境は良くも悪くもなるものなのです。その心を「これがよい」と肯定して受け止めるか、「これが悪い」と否定して受けるかどちらかはその人の自由ですが、一切を「これがよい」と受けきった時に物事はよい方向に進むのです。

 私共は自分に降りかかってくることはすべてその時は悪く見えても後から見ると必ず必要なことばかりで、「ああ、あれでよかったのだ」と気づくものです。食べ物でも「これが自分の身体にとって一番いいのだ」と一切を引き受けて感謝して食べれば、胃を病んでいる人でも悪くならず元気に過ごせるのです。それは心が先行するからです。

 次々と悪いことが重なったときの実践は、とにかく、「これがよい」と大きく言葉に出して言ってみましょう。言葉は生きています。信念を持って「これがよい」と前向きにいい続けていたら本当にいいようになるのです。あきらめるのでなく、「これがよい」と心を明るく向けていると必ずそうなることを知って、喜んで自分のやるべきことに全力を尽くして努力しましょう。結果は天が正しく出してくださいます。


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